助教幹部拳士交流研修会の持ち物などについて
2018.07.17
千葉県教区の助教幹部拳士交流研修会、いよいよ今週末となりました。
暑い日が続いておりますので、皆さん体調管理を万全に。
初日は、13時~開講式を行いますので、12時半ごろまでに、勝浦の「日本武道館研修センター」にお越しください。
持ち物は、
道衣一式、宿泊セット、筆記用具、錫杖伝を修練したい人は六尺棒。
防具は基本的に不要です。
飲み物等の差し入れも歓迎です。
夏休み最初の週末ですので、時間に余裕をみて、道中お気をつけてお越しください。

2018.07.17 14:09 | 固定リンク | 未分類
7月度 教区長法話
2018.07.05
合掌
 例年にない最も早い梅雨明け宣言を受け、暑さに慣れない私の身体にはだいぶキツイ初夏となりました。
更に、深夜のサッカーワールドカップに熱狂し寝不足の方もだいぶいらっしゃった様で皆様にとっても熱い夏の幕開けとなったことでしょう。
 サッカーに関してのニュースで、サポーターの観覧席でのゴミ拾いが良識ある態度としてネット上で話題になっていましたが、海外では珍しいことの様です。
しかし、日本では賛否両論があり、がやらないよりはやった方がいいという意見でなんとなくまとまったような形で落ち着いているようです。
 私が以前(20年前)ドイツに出張していた時、サッカーの大会開催時の会場付近には、フーリガンが大勢いて大変危険であるため近づかないようにと地元の人から忠告を受けたことを思い出します。生真面目なドイツ人であると同時に、スポーツ観戦の応援者が数の力で暴徒化するものかと不思議な感覚を抱きながら、日本では考えられない近況に当時はどうしても腑に落ちないものがありました。
今や、日本の渋谷や大阪でサポーターの方々のやっていることも一種のフーリガンの行動ともとれますが、大きな暴力事件等はなく、国民性がここにも出ている気がします。しかし、ゴミはだいぶ散らかっているようです。

 さて、私たちが開催する少林寺拳法大会の会場ではどうでしょうか。
地方大会でよく言われるのがトイレスリッパの整理整頓状況です。私の知る限りでは非常によく意識してそろえられていると思っています。
私の場合、市体育協会の役職上色々なスポーツ大会等に招待されますが、やはり気になるのがトイレスリッパとゴミです。
市の施設責任者の方の中にも同じように気にされている方もおられて、来賓の挨拶の中で少林寺拳法の団体は素晴らしいとその点を強調して褒められる方もおられます。
 「脚下照顧」という言葉が我々には定着しています。道院での心得として新入門者は道院長より訓話をうけ、副読本を熟読し、まず「自分の足元から」という教えのとおり、今の自分自身を見つめ直すことから教えられました。
形的には、はきものをそろえる事と指導していますが、指導者は指導する前に自分自身の今の在り様を見つめ直し、反省すべ所は反省し更に向上すべく漸々修学たる修行を積むことに心がける必要があります。
 我々、金剛禅門信徒は日々修練前の鎮魂行において、教典を唱えて教えを心に向け、自らの行いを省み、自己を見つめ直す機会を頂いています。
 昨今の情報化社会の中で、自分自身の考え方や価値観が確実な自己を現し行動として一歩踏み出すことができているかを確信しなければなりません。
言っている事と行っていることの乖離を常に意識し改善の念に一喜一憂することに徹したいものです。

合掌再拝
2018年7月4日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)

2018.07.05 08:24 | 固定リンク | 教区長法話
6月度 教区長法話
2018.06.08
合掌
 梅雨の兆しはあるものの、だいぶ暑い日が続いています。熱中症には充分留意されて修行に励んで頂きたいと存じます。

 さて、昨今世間を大騒動の渦中に巻き込んだのは、某大学でのアメリカンフットボール試合中に犯した反則行為に端を発した事件である。しかしその後、大学組織全体の疑惑や危機管理対応能力の賛否へといろんな方向に発展している。

 私は、公益財団法人日本体育協会(現スポーツ協会)日本スポーツ少年団認定育成指導員として、年に何度かスポーツリーダー兼スポーツ少年団認定員養成講習会の講師を依頼され、次世代のスポーツ指導者に対しスポーツの持つ極めて大事なスポーツマンシップとスポーツで培った精神を社会生活の中でどのように活かすかという事に重点を置き、スポーツを通してどういう人格を形成していくかという、手段としてのスポーツの在り方を強調しているところです。

今回の出来事は、そのようなスポーツ界全体の理念を覆すような事件であり、また背景に指導する立場の人間が何人もかかわっているという事に対して、スポーツを愛する人たちの怒り心頭は計り知れないものと肌で感じているのは私だけではないでしょう。

 競技主体の人間のややもすると陥りやすい、しかも絶対に犯してはならない一線を大衆の面前で恥も外聞もなく越してしまうその精神を皆が疑いの眼で目を見張ったことでしょう。
今回、報道の焦点はマスコミ対応の賛否と指導方法について大きく取り上げられていますが、私たちの金剛禅的ものの考え方から、私的な思いも含めて別の角度から今回の事件に直結する課題についていくつか掲げてみたいと思います。

〇世界中で行われているスポーツそのものの勝利至上主義への疑問
 スポーツは楽しむものであって、必ずどちらかに勝敗はつきものです。負けて何が悪いという事であり、スポーツにかかわることは、常に負けを味わう事である。したがって、負けをどう捉えるかが大切であり、負けた時の態度こそが大切であると思う。
スポーツに関わるすべての人間にとって重要な言葉に「グッド・ルーザーであれ」(good loser)というのがあります。日本人的に言えば「潔さ」で、勝つことだけへの執着は非常に醜いものである。潔い負けっぷりは称賛に価すると思う。

 私たちは、生まれた時から競争の世界にはまっている。幼稚園のかけっこから始まり、一等賞をとれば家族そろって大祝賀会が始まる。それが年を積むことによって段々と増幅し勝利至上主義へと突き進むのである。大事なのは、その過程で如何に大局を俯瞰した影響のある教えを受けるかである。同じ勝利をつかむにしても、勝つという事と負けるという事の相反することから得る智慧が必要となってくる。
開祖の死ぬまでは生きているという言葉のとおり、生きている事への感謝と威厳というものは、開祖が死を意識した時から始まったような気がしてなりません。
死というものを意識することによって相反する生への充実につながっていくものであると思います。ここに中道(調和)という意味合いがよく読み取れると思います。
 技術修練の中に中道(調和)の教えが活かせることによってはじめて易筋行としての価値が生じてくるものと思います。

合掌再拝
2018年6月7日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2018.06.08 08:08 | 固定リンク | 教区長法話

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