9月度 教区長法話
2018.09.12
合掌
 台風21号と北海道の胆振地方を震源とした地震により被害にあわれた皆様には心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復旧をお祈りいたします。
 今回も改めて大自然と共存する中で、人間は生かされているのだという事を実感しているところです。ここ近年の地球規模での気候変動は今や特別の事象ではなくなってきています。人間はおごることなく大自然の中でこれからも大いなる試練の中で時間と共に順応していく事になるでしょう。
さて、平成最後の夏もいよいよ終わりを告げています。暑さ寒さも彼岸までと言われるように、朝晩の涼しさに少しほっとしているところですがみなさまはいかがお過ごしでしょうか。
9月の投稿も12日を過ぎてしまい、もうすぐお彼岸の入りとなりますが、この彼岸という仏教的行事も、今はだんだんと簡素化され仏事そのものも行われなくなってきているようですが、日本では古くから独自の仏教文化として、太陽が真東から上がって、真西に沈み昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来ると考えられ、ご先祖さまや自然に感謝をささげる仏道精進の期間として行われ、お彼岸にはお寺の法要やお墓参りに行き、亡き人へ思いをはせ、感謝のまことをささげるとされています。
本来仏教では、川をはさんで此岸(しがん)と彼岸(ひがん)があるとされています。
この此岸が我々の住む迷いの世界で、向こう岸の悟りの世界が彼岸となります。
すなわち、煩悩をすべて断じて悟りの世界に渡られた存在が「仏」となります。
これを至彼岸とも呼びますが彼岸に至れればそこで人間は仏になれるという事になります。この彼岸参りの「彼岸」というのは私たちが日々の修行に於いてダーマ(真理)を信仰するうえでも重要な位置づけとなっています。
「仏」とは、真理の世界、悟りの世界に到達された方が仏であるといえます。私たちも易筋行を通して変われる自分を信じて三宝(仏・法・僧)に帰依し修行を積むことにより悉有仏性として、ダーマの無限の可能性の中から少しでも真理の世界に近づこうとして行じ、そのあり方を教典の中で金剛禅門信徒として「礼拝詞」として唱え、その重みと深みを心に刻み込みこれからも真純単一に此の法修行に専念していきたいと思います。




合掌再拝
2018年9月12日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2018.09.12 14:17 | 固定リンク | 教区長法話

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