9月度 教区長法話
2019.09.05
9月に入り、猛暑もようやく峠を越し、朝晩いくぶんしのぎやすくなりました。耳をすまして秋の気配を虫の音に探してみるのも一興かと風流な思いにふけっているところです。
さて、このところ毎日のように社会面をにぎわしているのは、韓国との外交問題ではないでしょうか。これといった対応策もなくお互い感情のぶつかり合いと政治的駆け引きだけで妙に腑に落ちない状況の中、開祖の述べられた「アジアの平和なくして世界の平和はない」という言葉の意味深さを今更ながらに思い浮かべているところです。
来年は平和の祭典オリンピック・パラリンピックが日本で開催されますが民間レベルの外交ではどうにもならない現状に来ているようです。
韓国と日本、中国とアメリカ、北朝鮮問題も含めアジアの平和はどうなるのでしょう。アジアの平和は戦後74年足らずで逆戻りとなってしまうのか・・・。
我々にとっての「平和」の意義を「8月」という戦争を考える記念日が続く月間に於いて、いろいろと考えさせられました。
特に、近くて遠い国になろうとしている韓国の国民については、いったいどういう人種だろうと改めて考えてしまいます。韓流ブーム全盛期は、素朴で儒教に培われた目上の方を敬う古式豊かな考え方を持ち、日本人の忘れていた「こころ」を彷彿させてくれるような人間味のある情緒豊かな作品を多く目にしていた私にとっては理解でない出来事として映し出されています。
日韓合意の一方的な破棄や、徴用工問題、従軍慰安婦問題のぶり返し、海上自衛隊に対する火器管制レーダー照射事件等々、数えればきりがない不可解な行動を繰り返し、更に裁判所の判決までもがなぜ??と不可思議な行動を理解しようとしても理解できない事象が多くあり、韓国民の常識を疑う事しきりです。たぶんみなさま方も同じようなお考えであろうと思っています。
長々と、韓国に対する個人的な不平不満を述べてきましたが、「韓国とは、どういう国なのか」という私の個人的な疑問を払しょくしてくれるような興味深い記事がある新聞のコラム欄に掲載されていました。
記事の受け売りで恐縮ですが、韓国人は、自分たちの都合のよい結論をもとに歴史をつくり、以前の政権を握っていた者を否定します。根底には、以前の悪い政権から今の良い政権に変えたのだから事実はどうあれ何が何でも悪者となっていただかなければ納得しないためそのように扱うことになるようです。
これは、歴代大統領の末路を見れば、韓国の歴史に対する考え方や扱い方は、一目瞭然です。現在の韓国(大韓民国)にとって前の政権は、日本の植民地政策ですから当然日本は悪者です。戦後、日韓請求権協定(1965年)を締結した前政権も含めて悪者になりますので、韓国民はこの協定を到底賛成できるものではないということになるのでしょう。
歴史の内容はどうあれ、「日本は韓国民を苦しめる、倒されて当然の国である。」でなければならないのです。このような国民感情の国ですから、裁判所も国民世論の影響を受けやすい体質になっており、重ね合わせて考えてみれば韓国社会における、この反日無罪放免のような風潮は国内世間一般の常識として、容認しているというのが結論のようです。
ただ今回の日韓対立は、過去の対立とは異なり、当初は韓国の最高裁判所(大法院)が出した元徴用工問題の判決に端を発したものであったが、今や輸出規制問題や、安全保障問題と拡大していき落としどころが見えない状態になっています。
ここは、奥ゆかしい日本人としても到底受け入れられない状況になるはずです。しかし、韓国民の中にも日本人と同じような価値観を持ち同じような考え方をしている国民も多数いることも事実です。「人、人、人・・・すべては人の質にある」当該事象に携わる者(人)の質によって結果が変わってくるのも事実です。「破邪顕正」のことばどおり、ただしく理解していただくのは時間がかかることですが、ここは血気にはやらず冷静な気持ちと毅然とした態度での対応をお願いするしかありません。
我々は、周りの情報に踊らされることなく八正道の修行のごとく、正しい眼(正見)をもって道理と真理を見極め正しい判断のもとに勇気を持って行動できるようにしたいと思います。
(参考)
正見:自己中心的な見方や、偏見をせず中道の見方をすること。
破邪顕正:誤った考えを打破し、正しい考えを示し守ること。
不正を破って、正義を明らかにすること

合掌再拝
2019年9月5日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2019.09.05 13:46 | 固定リンク | 教区長法話

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