10月度 教区長法話
2018.10.09
合掌
 金剛禅門信徒にとって10月は、達磨祭の月です。
この達磨祭は、皆さんご存知のとおり達磨大師の命日とされている10月5日、またはその前後に毎年挙行されています。
祖師達磨大師を礼拝し、大師の命日にちなみ、その遺徳を偲ぶとともに門信徒の一人一人がいっそう拳禅一如の修行に精進し、「達磨の子」として自己を確立し、真の強さとやさしさを備えた人間になることを、大師の前に誓うための大切な儀式です。
この達磨祭は、開祖忌法要と並ぶ大事な金剛禅の儀式となりますので各道院、小教区に於いて門信徒の皆さま全員参加での挙行をお願いいたします。
 さて、先般師家講話の中で2025年問題を踏まえ、先(将来)をイメージした少林寺拳法の在り方について述べられていました。
社会の変化に対応する危機意識を持って、護身術的見識の中から物事を判断し感性を磨きその中から将来の少林寺拳法の姿をイメージするという事を投げかけられていました。
昨今、武専の学生数の激減や道院門信徒の伸び悩み等の課題が多く寄せられています。現実、道院門信徒の高齢化が進んでいる中で少年部門信徒の拡大に対する取り組みが必須のテーマであるといっても過言ではありません。
将来を見据えた少年部の育成こそがこれからの金剛禅に課せられた使命であると考えます。金剛禅の教えと技法を工夫し、如何に子供たちに喜んでもらい、養行として浸透させ、道院の指導者となるまで大事に教化育成するスキルを道院幹部指導者が身につける必要があります。
子供たちにとって、居心地のいい道院にならなくてはなりません。
開祖が釈尊の正しい教えと達磨大師の行を日本人に合わせた形にアレンジし易筋行として金剛禅を建立した様に今はそのような変革の過渡期に来ているのかもしれません。
高齢者だけの道院にならないためにも今からそれぞれ危機感をもって行動しなくてはなりません。
千葉県教区行事として、今年度も11月25日に千葉宮野木道院をお借りして女性拳士交流会を開催します。今回も、小野寺先生の楽しいお話とマジックを予定しています。
子供たちへのアプローチ方法としても十分に活用できると思いますので是非ご期待して頂き、小学生を含めた大勢の皆さんにお越し頂きたいと思っています。




合掌再拝
2018年10月9日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)


2018.10.09 07:14 | 固定リンク | 教区長法話
9月度 教区長法話
2018.09.12
合掌
 台風21号と北海道の胆振地方を震源とした地震により被害にあわれた皆様には心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復旧をお祈りいたします。
 今回も改めて大自然と共存する中で、人間は生かされているのだという事を実感しているところです。ここ近年の地球規模での気候変動は今や特別の事象ではなくなってきています。人間はおごることなく大自然の中でこれからも大いなる試練の中で時間と共に順応していく事になるでしょう。
さて、平成最後の夏もいよいよ終わりを告げています。暑さ寒さも彼岸までと言われるように、朝晩の涼しさに少しほっとしているところですがみなさまはいかがお過ごしでしょうか。
9月の投稿も12日を過ぎてしまい、もうすぐお彼岸の入りとなりますが、この彼岸という仏教的行事も、今はだんだんと簡素化され仏事そのものも行われなくなってきているようですが、日本では古くから独自の仏教文化として、太陽が真東から上がって、真西に沈み昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んだ前後3日の計7日間を「彼岸」と呼び、この期間に仏様の供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来ると考えられ、ご先祖さまや自然に感謝をささげる仏道精進の期間として行われ、お彼岸にはお寺の法要やお墓参りに行き、亡き人へ思いをはせ、感謝のまことをささげるとされています。
本来仏教では、川をはさんで此岸(しがん)と彼岸(ひがん)があるとされています。
この此岸が我々の住む迷いの世界で、向こう岸の悟りの世界が彼岸となります。
すなわち、煩悩をすべて断じて悟りの世界に渡られた存在が「仏」となります。
これを至彼岸とも呼びますが彼岸に至れればそこで人間は仏になれるという事になります。この彼岸参りの「彼岸」というのは私たちが日々の修行に於いてダーマ(真理)を信仰するうえでも重要な位置づけとなっています。
「仏」とは、真理の世界、悟りの世界に到達された方が仏であるといえます。私たちも易筋行を通して変われる自分を信じて三宝(仏・法・僧)に帰依し修行を積むことにより悉有仏性として、ダーマの無限の可能性の中から少しでも真理の世界に近づこうとして行じ、そのあり方を教典の中で金剛禅門信徒として「礼拝詞」として唱え、その重みと深みを心に刻み込みこれからも真純単一に此の法修行に専念していきたいと思います。




合掌再拝
2018年9月12日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2018.09.12 14:17 | 固定リンク | 教区長法話
8月度 教区長法話
2018.08.01
合掌
 台風一過の清々しい晴天といいたいところですが、異常とも言える危険な暑さがぶり返してしまいました。
私も8月上旬から一週間福島に仕事の関係で出張しますので水分補給をこまめにおこない熱中症には充分留意し体調維持に努めたいと思っています。門信徒のみなさまも若さを過信せずこの時期は慎重な対応をお願いいたします。

さて、千葉県教区では7月21日(土)から22日(日)の両日、助教・幹部拳士を中心とした、宿泊交流研修会を開催し39名のご参加をいただきました。





 初日は、「助教・幹部拳士の課題と悩み」をテーマに年代別のグループディスカッションを行い、討議発表の中で各世代とも少年部に対する教化育成指導の難しさや、高齢拳士に対する易筋行の難しさ等々多彩な苦労や課題を抱えていることが浮き彫りとなりました。これらの集約結果を基に、これからの教区研修会の展開やテーマ選択の方向性として少しでも門信徒のみなさまに役に立つ教区活動にしたいと思います。



 また、22日の僧階講義に於いては、指導者を含めた門信徒同志の強い絆を深めることがなぜ必要かという初歩的なことから、金剛禅運動の広布へと繋がる布教者としての在り方を再確認し、更に易筋行に於いては普段道院でなかなか修行できない技術について質疑形式で行い、基本の体さばきや縛法等多岐にわたる易筋行修練を行うことができ受講者の皆様方から満足したとの感想を頂き、次回に繋げる手ごたえを感じとる事ができました。




開催にあたりご尽力を賜りました講師の先生方そしてスタッフの先生方にこころより御礼申し上げます。



 道院も教区も人と人とのつながりにより成り立っています。居心地のいい場所には必然と人が集います。私の所属する道院でも、参座している門信徒のみなさんの顔色を確認しながら楽しく、元気よく、この場所(道院)が居心地一番と思っていただけるように心がけています。子供たちなどは、遊び中心の修行となっています。子供たちにとっては、楽しさが一番の様です。
千葉県教区も「居心地のいい教区」を目指し門信徒のみなさんが求めるものと教化育成の課題をベストマッチさせることが一番と考えこれからも頑張っていきたいと思います。
今年の夏は、危険な暑さといわれています。体調を整えることも内修の修行ですので易筋行と共に調和のとれた行に励んで頂きたいと存じます。
合掌再拝
2018年8月1日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)


2018.08.01 09:48 | 固定リンク | 教区長法話
7月度 教区長法話
2018.07.05
合掌
 例年にない最も早い梅雨明け宣言を受け、暑さに慣れない私の身体にはだいぶキツイ初夏となりました。
更に、深夜のサッカーワールドカップに熱狂し寝不足の方もだいぶいらっしゃった様で皆様にとっても熱い夏の幕開けとなったことでしょう。
 サッカーに関してのニュースで、サポーターの観覧席でのゴミ拾いが良識ある態度としてネット上で話題になっていましたが、海外では珍しいことの様です。
しかし、日本では賛否両論があり、がやらないよりはやった方がいいという意見でなんとなくまとまったような形で落ち着いているようです。
 私が以前(20年前)ドイツに出張していた時、サッカーの大会開催時の会場付近には、フーリガンが大勢いて大変危険であるため近づかないようにと地元の人から忠告を受けたことを思い出します。生真面目なドイツ人であると同時に、スポーツ観戦の応援者が数の力で暴徒化するものかと不思議な感覚を抱きながら、日本では考えられない近況に当時はどうしても腑に落ちないものがありました。
今や、日本の渋谷や大阪でサポーターの方々のやっていることも一種のフーリガンの行動ともとれますが、大きな暴力事件等はなく、国民性がここにも出ている気がします。しかし、ゴミはだいぶ散らかっているようです。

 さて、私たちが開催する少林寺拳法大会の会場ではどうでしょうか。
地方大会でよく言われるのがトイレスリッパの整理整頓状況です。私の知る限りでは非常によく意識してそろえられていると思っています。
私の場合、市体育協会の役職上色々なスポーツ大会等に招待されますが、やはり気になるのがトイレスリッパとゴミです。
市の施設責任者の方の中にも同じように気にされている方もおられて、来賓の挨拶の中で少林寺拳法の団体は素晴らしいとその点を強調して褒められる方もおられます。
 「脚下照顧」という言葉が我々には定着しています。道院での心得として新入門者は道院長より訓話をうけ、副読本を熟読し、まず「自分の足元から」という教えのとおり、今の自分自身を見つめ直すことから教えられました。
形的には、はきものをそろえる事と指導していますが、指導者は指導する前に自分自身の今の在り様を見つめ直し、反省すべ所は反省し更に向上すべく漸々修学たる修行を積むことに心がける必要があります。
 我々、金剛禅門信徒は日々修練前の鎮魂行において、教典を唱えて教えを心に向け、自らの行いを省み、自己を見つめ直す機会を頂いています。
 昨今の情報化社会の中で、自分自身の考え方や価値観が確実な自己を現し行動として一歩踏み出すことができているかを確信しなければなりません。
言っている事と行っていることの乖離を常に意識し改善の念に一喜一憂することに徹したいものです。

合掌再拝
2018年7月4日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)

2018.07.05 08:24 | 固定リンク | 教区長法話
6月度 教区長法話
2018.06.08
合掌
 梅雨の兆しはあるものの、だいぶ暑い日が続いています。熱中症には充分留意されて修行に励んで頂きたいと存じます。

 さて、昨今世間を大騒動の渦中に巻き込んだのは、某大学でのアメリカンフットボール試合中に犯した反則行為に端を発した事件である。しかしその後、大学組織全体の疑惑や危機管理対応能力の賛否へといろんな方向に発展している。

 私は、公益財団法人日本体育協会(現スポーツ協会)日本スポーツ少年団認定育成指導員として、年に何度かスポーツリーダー兼スポーツ少年団認定員養成講習会の講師を依頼され、次世代のスポーツ指導者に対しスポーツの持つ極めて大事なスポーツマンシップとスポーツで培った精神を社会生活の中でどのように活かすかという事に重点を置き、スポーツを通してどういう人格を形成していくかという、手段としてのスポーツの在り方を強調しているところです。

今回の出来事は、そのようなスポーツ界全体の理念を覆すような事件であり、また背景に指導する立場の人間が何人もかかわっているという事に対して、スポーツを愛する人たちの怒り心頭は計り知れないものと肌で感じているのは私だけではないでしょう。

 競技主体の人間のややもすると陥りやすい、しかも絶対に犯してはならない一線を大衆の面前で恥も外聞もなく越してしまうその精神を皆が疑いの眼で目を見張ったことでしょう。
今回、報道の焦点はマスコミ対応の賛否と指導方法について大きく取り上げられていますが、私たちの金剛禅的ものの考え方から、私的な思いも含めて別の角度から今回の事件に直結する課題についていくつか掲げてみたいと思います。

〇世界中で行われているスポーツそのものの勝利至上主義への疑問
 スポーツは楽しむものであって、必ずどちらかに勝敗はつきものです。負けて何が悪いという事であり、スポーツにかかわることは、常に負けを味わう事である。したがって、負けをどう捉えるかが大切であり、負けた時の態度こそが大切であると思う。
スポーツに関わるすべての人間にとって重要な言葉に「グッド・ルーザーであれ」(good loser)というのがあります。日本人的に言えば「潔さ」で、勝つことだけへの執着は非常に醜いものである。潔い負けっぷりは称賛に価すると思う。

 私たちは、生まれた時から競争の世界にはまっている。幼稚園のかけっこから始まり、一等賞をとれば家族そろって大祝賀会が始まる。それが年を積むことによって段々と増幅し勝利至上主義へと突き進むのである。大事なのは、その過程で如何に大局を俯瞰した影響のある教えを受けるかである。同じ勝利をつかむにしても、勝つという事と負けるという事の相反することから得る智慧が必要となってくる。
開祖の死ぬまでは生きているという言葉のとおり、生きている事への感謝と威厳というものは、開祖が死を意識した時から始まったような気がしてなりません。
死というものを意識することによって相反する生への充実につながっていくものであると思います。ここに中道(調和)という意味合いがよく読み取れると思います。
 技術修練の中に中道(調和)の教えが活かせることによってはじめて易筋行としての価値が生じてくるものと思います。

合掌再拝
2018年6月7日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2018.06.08 08:08 | 固定リンク | 教区長法話

- CafeNote -