12月度 教区長法話
2019.12.10
合掌
 
 今年もあっという間に師走に入りましたが、年を取るにしたがって時間が過ぎていくのが更に早くなっていくというお年寄りの言葉が何となくわかるような気がしています。(私もまさにお年寄りですけどね)

 令和の時代が始まって最後の月になりましたが、門信徒のみなさまに於かれましては、どんな一年だったでしょうか?

 千葉県教区としては、本山公認講習会を皮切りに今年も各種事業を開催してまいりました。各事業とも、門信徒のみなさまには大変なご協力とご支援を賜りましたことを厚く感謝申し上げます。
 誠にありがとうございました。

 さて、今年を振り返ってみますと、千葉県は台風の度重なる被害に大変な思いをいたしました。私事で恐縮ですが、私の弟の住まいが南房総市(富浦)にありまして、9月の台風15号の直撃を受け、屋根がすべて破壊されてしまいました。雨が強かったため復旧もままならず、家の中の家財道具はすべて水浸しとなり手のつけようのない有様でした。

 門信徒のみなさまの知人、友人、親戚の方にも同じように罹災された方が多くいらっしゃることと思います。

 今回改めて、こんな時こそ組織力を発揮し門信徒以外の方も含めボランティア活動のシステムを構築する必要があると感じました。

 東日本大震災や鬼怒川氾濫の際にも千葉県内の多くの少林寺拳法関係の方たちがボランティア活動に参加していました。今回の台風15号の罹災に関しては地元の災害にも関わらず、情報伝達の不備もあり思うような連絡体制がとれていないという現状が浮き彫りとなり今後の体制の在り方に大きな課題を残しています。

 これらの教訓を基に、これからの教区活動の一環として、金剛禅運動の輪を広げるためにもボランティア活動への積極的な態勢づくりを構築し、対外活動の推進に力を注ぎたいと思います。

 また、先月の11月17日に、女性拳士交流会を開催いたしました。今年度も多くの門信徒の方にご参加を頂き誠にありがとうございました。村田先生に主座をお願いし、萩原先生そして、小野寺先生という講師陣により、「楽しく女性ならではの易筋行」のテーマどおり、楽しい時間を共有することが出来ました。



今回で3回目の開催となりますので、次年度は装いも新たにリニューアルを考えています。女性拳士が楽しく集うことを目的にし、話し合いの中からの情報交換を踏まえ、少年部指導のスキルを楽しく身に着けていただこうというスタンスで開催を考えています。具体的には親子で作る「手作り教典」や遊びを取り入れた指導方法も提案されていますので、楽しみにして頂きたいと思います。

 今年も残すところあとわずかとなりましたが、2020年は、1月1日から宗昂馬現少林寺拳法グループ副代表が、第三世師家に就任いたします。
 新しい年明けと共に新しい少林寺拳法グループが誕生となります。組織そのものは大きく変わりませんが新しい時代の幕開けとなります。

 今年の流行語大賞は、「ワンチーム」という言葉で締めくくられましたが、私たちは新たな体制を祝し「一致団結の教団」として誓いを新たにしたいと思っています。

 本年は、大変お世話になりました。役員一同感謝申し上げます。
 
 来年も更に良い年でありますようにご祈念申し上げます。

合掌再拝

2019年12月10日

千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2019.12.10 09:03 | 固定リンク | 教区長法話
11月度 教区長法話
2019.11.01
11月に入り、すっかり秋めいた気候になりましたが、まだ寒暖の差が激しく体調管理には十分留意を払うところです。

9月、10月と台風の影響による被害が続き、罹災された方々に対しお見舞い申し上げます。

 私も、電力の台風災害復旧に赴く中で、自然環境に対する文明の力(りき)の脆さと、それに頼りすぎる我々の生活環境を改めて反省する思いがありました。私が社会人となり会社に入りたての昭和46年当時からすると、到底想像もできない世界になっています。生活環境がこのように便利になる一方で我々世代は、この目まぐるしい環境の変化に駆け足でついていくのが精いっぱいで、ややもすると取り残され観に苛まれます。しかし、反面利便さに頼りすぎるリスクも大きくなるという両刃の意を示唆しています。利便さになれ過ぎてしまわないように常にリスク管理を怠らない日々の生活を心掛けたいと思っています。
時代背景に関してもう一つ思うことがありました。

 少林寺拳法創始期の昭和22年当初の時代背景は、「喧嘩に強くなれる」「身を守れる」というところから「護身鍛錬」を一番に求める入門者が多くありました。

 しかし、現在の社会では当時のような「喧嘩に強くなる」といった風潮はほとんどなくなったと言っても過言ではありません。

 正当な理由があっても、相手に手を出して危害を与えた方が加害者と判断されがちな世の中ですから、護身術としての技の使い方も大変難儀な時代になっています。

 先月の教区長法話の中で、「師家及び管長より各道院、教区における教化育成活動の再点検を促されました。」というお話をお伝えいたしました。もう少し深堀しますと、易筋行のみの修練に特化しているのは、「行」としての本来のあり方ではなく「単なる武道」の修練に他なりません。
そもそも、「行(拳)」の中から自己のあり方を見つめ「法(禅)」を納めるところに金剛禅の醍醐味があり、自他共に成長するよろこびを共有するところにあります。その行の中から一見相反するものを「一如」としてとらえる「修行」を我々は易筋行という形で行っています。

 今日、平和な世の中になり以前の様な「喧嘩に強くなる」という目的から「技術を楽しむ」という「自他共楽」本来の目的に変わりつつあります。

 しかし、部外の人たちからすると、どうしても技術を見てしまうし、また、私たち教団も技術を「行」として見せることに力を注いでしまう事にも少し問題があるのかもしれません。

 本来ならば、金剛禅に入門し教義の入門編(見習いの期間)を十分にとり理解した次の段階(級拳士の期間)で初めて「行」としての技術を教授するという事から、見習いの期間は、鎮魂行と作務で自己を見つめ直し自分が変われると信じることから始まる「易筋行」の修行に入ることが大切ということになります。

 金剛禅創始72年を経た今日、科学や文化、文明の変遷と同時に我々の生活環境も大きく変わりました。

 宗教法人金剛禅総本山少林寺に伝承される「宗門の行」としての在り方と「拳禅一如」の調和の教えを本来の門信徒の修行体系とし、内修・外修ともに大事な門信徒の不変の修行と捉え「拳禅一如」から「禅拳一如」に変化したとしても決して不変の修行形態に変わりはないと信じています。




合掌再拝
2019年11月1日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2019.11.01 06:57 | 固定リンク | 教区長法話
10月度教区長法話
2019.10.15
9月8日に台風15号による停電を伴う、大きな被害が千葉県内各所に発生し、更に10月12日にも追い打ちをかけるように台風19号が発生しました。被害にあわれた門信徒のみなさまに心よりお見舞い申し上げます。
 私も、仕事の関係で木更津地域や市原地域、四街道地域と連日復旧作業に赴きました。
 ダーマに生かされているという、大宇宙の法則による「自然」との「共生共存」の意味合いと現実に今更ながらに畏怖の念を感じているところです。

 9月の教区長法話の中で、日本を取り巻くアジアの情勢について、韓国との話題を記述しましたが、ある所から教区長は「嫌韓」ですか?というご意見を頂きましたが、私は決して今話題の「嫌韓」と言われる中には入っていません。客観的な物の見方でご意見を述べただけですので誤解を招いた方にはご容赦願いたいと存じます。

さて、9月28日に開催されました「都道府県教区長会議」の中で師家及び管長より各道院、教区における教化育成活動の再点検を促されました。
特に易筋行のみに特化した修行に対して布教者としての取り組み方に警鐘を鳴らされています。
宗教法人金剛禅総本山少林寺に伝承される「宗門の行」としての在り方と金剛禅運動の根本的な在り方を再認識し「拳禅一如」の調和を本来の門信徒の修行体系とし、内修・外修とも十分な修行に勤しんで頂きたいと存じます。
10月は、達磨祭の月間でもあります。達磨大師の遺教と開祖の金剛禅教団として建立された運動を祖師に祈念し思いを新たに修行に邁進したいと思います。

合掌再拝
2019年10月15日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2019.10.15 20:25 | 固定リンク | 教区長法話
9月度 教区長法話
2019.09.05
9月に入り、猛暑もようやく峠を越し、朝晩いくぶんしのぎやすくなりました。耳をすまして秋の気配を虫の音に探してみるのも一興かと風流な思いにふけっているところです。
さて、このところ毎日のように社会面をにぎわしているのは、韓国との外交問題ではないでしょうか。これといった対応策もなくお互い感情のぶつかり合いと政治的駆け引きだけで妙に腑に落ちない状況の中、開祖の述べられた「アジアの平和なくして世界の平和はない」という言葉の意味深さを今更ながらに思い浮かべているところです。
来年は平和の祭典オリンピック・パラリンピックが日本で開催されますが民間レベルの外交ではどうにもならない現状に来ているようです。
韓国と日本、中国とアメリカ、北朝鮮問題も含めアジアの平和はどうなるのでしょう。アジアの平和は戦後74年足らずで逆戻りとなってしまうのか・・・。
我々にとっての「平和」の意義を「8月」という戦争を考える記念日が続く月間に於いて、いろいろと考えさせられました。
特に、近くて遠い国になろうとしている韓国の国民については、いったいどういう人種だろうと改めて考えてしまいます。韓流ブーム全盛期は、素朴で儒教に培われた目上の方を敬う古式豊かな考え方を持ち、日本人の忘れていた「こころ」を彷彿させてくれるような人間味のある情緒豊かな作品を多く目にしていた私にとっては理解でない出来事として映し出されています。
日韓合意の一方的な破棄や、徴用工問題、従軍慰安婦問題のぶり返し、海上自衛隊に対する火器管制レーダー照射事件等々、数えればきりがない不可解な行動を繰り返し、更に裁判所の判決までもがなぜ??と不可思議な行動を理解しようとしても理解できない事象が多くあり、韓国民の常識を疑う事しきりです。たぶんみなさま方も同じようなお考えであろうと思っています。
長々と、韓国に対する個人的な不平不満を述べてきましたが、「韓国とは、どういう国なのか」という私の個人的な疑問を払しょくしてくれるような興味深い記事がある新聞のコラム欄に掲載されていました。
記事の受け売りで恐縮ですが、韓国人は、自分たちの都合のよい結論をもとに歴史をつくり、以前の政権を握っていた者を否定します。根底には、以前の悪い政権から今の良い政権に変えたのだから事実はどうあれ何が何でも悪者となっていただかなければ納得しないためそのように扱うことになるようです。
これは、歴代大統領の末路を見れば、韓国の歴史に対する考え方や扱い方は、一目瞭然です。現在の韓国(大韓民国)にとって前の政権は、日本の植民地政策ですから当然日本は悪者です。戦後、日韓請求権協定(1965年)を締結した前政権も含めて悪者になりますので、韓国民はこの協定を到底賛成できるものではないということになるのでしょう。
歴史の内容はどうあれ、「日本は韓国民を苦しめる、倒されて当然の国である。」でなければならないのです。このような国民感情の国ですから、裁判所も国民世論の影響を受けやすい体質になっており、重ね合わせて考えてみれば韓国社会における、この反日無罪放免のような風潮は国内世間一般の常識として、容認しているというのが結論のようです。
ただ今回の日韓対立は、過去の対立とは異なり、当初は韓国の最高裁判所(大法院)が出した元徴用工問題の判決に端を発したものであったが、今や輸出規制問題や、安全保障問題と拡大していき落としどころが見えない状態になっています。
ここは、奥ゆかしい日本人としても到底受け入れられない状況になるはずです。しかし、韓国民の中にも日本人と同じような価値観を持ち同じような考え方をしている国民も多数いることも事実です。「人、人、人・・・すべては人の質にある」当該事象に携わる者(人)の質によって結果が変わってくるのも事実です。「破邪顕正」のことばどおり、ただしく理解していただくのは時間がかかることですが、ここは血気にはやらず冷静な気持ちと毅然とした態度での対応をお願いするしかありません。
我々は、周りの情報に踊らされることなく八正道の修行のごとく、正しい眼(正見)をもって道理と真理を見極め正しい判断のもとに勇気を持って行動できるようにしたいと思います。
(参考)
正見:自己中心的な見方や、偏見をせず中道の見方をすること。
破邪顕正:誤った考えを打破し、正しい考えを示し守ること。
不正を破って、正義を明らかにすること

合掌再拝
2019年9月5日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2019.09.05 13:46 | 固定リンク | 教区長法話
8月度 教区長法話
2019.08.06
合掌
 8月に入った途端、この危険ともいえる暑さには少々困り果てているのが実情です。
道場もサウナ状態となり、子どもたちの修練も30分も続けたら汗だくで教えている方が心配になり、「10分間休み」の繰り返しです。しかし、見ていると子供たちは休み時間の方がさらに元気がよくてかえって心配が増してしまいます。
 何はともあれ、この暑さの中で道院に参座するという精神が修行の賜物と感謝しています。
大人の門信徒の方は無理をしないで修練(易筋行)に励んでいただきたいと存じます。
 さて、夏と言えば甲子園。今年の夏はたぶん多くの方が一度は関心を持ったと思われる話題が、岩手県大船渡高校のピッチャー登板についてのコメントでしょう。
 世間一般の報道には、表と裏があるので、登板しようがしまいがどちらにつけ賛否はあるものです。ただ、指導者の青少年育成については、将来を見据えた「一貫指導」が原則であることに変わりないと思っています。また、一貫指導の方法も個々人の最終目的に合わせてプログラムを立てて行きますので、野球となるとチーム指導ですからその目標を合わせるのが困難であると思います。特に、まれにみる逸材の選手が混じっているとすればその選手にすべてを期待し夢を託してしまうというのも否めない事実であると思います。
しかし、感情に流されることなく、判断し決断された指導者の英断に観客席からしか観戦していない人たちの思いはなかなか伝わらないと思いますが、門信徒のみなさまのお考えはどうでしょうか。
 勝敗だけにとらわれることなく、「一貫指導」を念頭に将来を見通したぶれない指導は、金剛禅の「行」にも通ずるものがあります。
先日、東京で大きな大会が開催されましたが、子度たちはメダルを獲得することにのみ集中するものです。それは仕方のないことですが、我々指導者がいかに「こだわり」から「理(ことわり)」に変化させ、勝敗や優劣への極端な「固執」「こだわり」を避け「中道」としての在り方を悟らせる術(すべ)を教授したいものです。



合掌再拝
2019年8月5日
千葉県教区長 森 久雄(千葉野田道院長)
2019.08.06 07:43 | 固定リンク | 教区長法話

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